INDEX

■■■Health issues   病気・治療・健康診断 犬種に多い病気   ・ 胃捻転胃拡張症候群(GDV)   <緊急> ・ 心臓病/ 拡張型心筋症  ・ 骨肉腫 ・ 急性肺炎    <緊急>    獣医師向け「ウルフハウンドの急性肺炎:診...

門脈体循環シャント(PSS)


門脈体循環シャント(Portosystemic shunt; PSS)


当サイトでは、犬の病気のなかで、とくにウルフハウンドについて注意しなくてはならないものをとりあげています。病気にかかった時の参考や病気の予防、早期の対応に役立てていただければと思います。
 
病気についての記述はあくまで典型的な症状や経過、治療について書いたものです。症状や経過には個体差があります。飼い主の自己判断は大変危険ですので、病気の兆候がみられたら、すぐに獣医師の診察を受けてください。


門脈とは、消化器と肝臓を結ぶ血管です。それが奇形になる病気を門脈シャントと言います。

門脈シャントになると、本来肝臓に流入するはずの血液が短絡路(シャント血管)に入ってしまうため、肝臓に十分血液が供給されなくなります。そのため肝臓が十分に成長できず、正常に機能しなくなってしまいます。また、肝臓は消化管で吸収した栄養を代謝し、有毒物質は排泄するなど、生体にとって非常に重要な機能をつかさどっています。したがって、主たる栄養供給路である門脈からの血流が減少することで、成長障害など重大な問題が起こります。

門脈シャントには2つのタイプがあります。
1)肝外シャントは、シャント血管が肝臓の手前で分岐しています。猫や小型犬に多く見られます。
2)肝内シャントは、シャント血管が肝臓の中に形成され、手術が大変難しくなります。大型犬に多く見られます。

門脈シャントは、心臓病、股関節形成不全とともにアイリッシュ・ウルフハウンドの遺伝病のひとつとして問題になっている病気で、発症率は2〜4%だとされています。1988年にノルウェーで行われた調査では、54胎中12胎で門脈シャントを持つ仔犬が見つかりました。また、1995年にはオランダのメイヤーが、アイリッシュ・ウルフハウンドの肝内シャントが遺伝的要因によるものであると報告しています。アメリカの遺伝病研究でも遺伝性が指摘されています。


<原因>

胎児期には、子犬は母親の血液をから栄養をもらっているため、子犬の肝臓は働いていません。そのため胎児期には、全身を回って心臓に戻ってくる血流は肝臓を通過せず、シャント血管を通り、大静脈から直接心臓へと流れ込みます。通常このシャント血管は生後すぐに閉鎖し、血液は肝臓へ流入してから心臓へ流れるようになりますが、このシャント血管が何らかの先天的異常で閉鎖しないと、肝内シャントとなります。

先天性の異常ですが、遺伝的な要素が指摘されています。


<症状>

門脈シャントを持つ犬は、シャント血管の場所や太さによって様々な症状を示します。先天的な異常であるため、仔犬の時から同腹子と比較して体格が異常に小さく、体重が増えないなどの発育障害を示します。重篤な場合は成長できずに死ぬこともあります。食欲不振、沈うつ、嘔吐、下痢、多飲多尿などもみられます。

門脈シャントが原因で尿石症が起こると、血尿、排尿困難になる場合もあります。また、解毒ができないために体内に蓄積される有毒物質が原因で、運動失調、脱力感、昏迷、頭を押し付ける、円運動、発作あるいは昏睡といった神経症状を呈することもあります。神経症状は高タンパク食を与えたあとに悪化しますが、これは食事中の蛋白質代謝物が毒素となるためです。また、肝機能の低下により、麻酔の覚醒が遅くなります。

ただし症状の程度はシャント血管の太さや場所に左右されるため、時には全く症状を示さず、高齢になってから病気が発見されることもあります。


<診断>

上記のような症状と、各種の検査によって診断をつけることができます。レントゲン検査では小さい肝臓や腫大した腎臓が、血液検査では肝機能不全や貧血が認められます。また、一部の犬では膀胱や腎臓に結石ができることがあります。

確実な診断は、超音波検査や開腹によるシャント血管の確認、手術中の門脈造影などによって下されます。大学病院など設備の整った動物病院へ行く必要があります。


<治療>

治療は通常外科手術によって行なわれ、肝外シャントの場合はシャント血管を特殊な器具で閉鎖する方法が一般的です。しかし、シャント血管が肝内にある肝内シャントの場合は手術が非常に困難なことが多く、治療が難しくなります。

手術以外の治療は点滴や低蛋白食、抗生物質などの内科的な対症療法に限定されています。

重度の肝内シャントを発症した場合、子犬は生まれてすぐ、あるいは数ヵ月で死ぬことも多い病気です。遺伝的な要素が指摘されているため、門脈シャントの遺伝子を持つ可能性がある犬は繁殖に使わないことが、唯一の予防策と言えます。発症していなくても遺伝子を持っている犬もいるため、とりわけ交配を行なう際には、兄弟犬、両親やその兄弟犬、祖父母の代に門脈シャントを発症した犬がいないか、確認をすることが大切です。


<仔犬のスクリーニング検査>

欧米では、生まれた子犬全頭のシャント検査を行うことは、ブリーダーの責任であると考えられています。イギリスのウルフハウンド・クラブの倫理規定には、子犬のシャント検査をすべき旨が明記されています。全頭検査によって、シャントが(子犬が新しい親元へ行く前に)早期発見できることに加え、その後のブリーディング・プログラムの指針とすることで、将来的にシャントの発生を減らしていくことにつながります。今後、日本でもシャントの全頭検査が広く行われるようになることで、犬種の健全性が向上することを願っています。

子犬のシャント検査は、生後8週目頃以降に、血液検査によって行います。食前および食後に血液を採取し、胆汁酸の値を計測します。胆汁酸の値は食前で1~30が正常値とされています。胆汁酸の値が大きいほど、また食前と食後の値の差が大きいほど(食後の値が40以上;多くの場合100を超える)、シャントの疑いが強まります。疑いがある場合は再検査を行い、やはり値が高ければ、超音波検査等による確定診断を受ける必要があります。

なお、シャントの検査にはアンモニアの値を測る方法もありますが、ウルフハウンドでは有効な検査方法ではないことが確認されています。これは犬種の特異性として、ウルフハウンドの若い犬で全般にアンモニア値が低いため、シャントの犬と正常な犬の数値が大幅にオーバーラップしてしまい、アンモニアの値がシャントの有無を表す有効な指標とはなり得ないからです。検査を受ける場合は、獣医師にその点を説明の上、必ず胆汁酸のテストをしてもらってください。

なお、胆汁酸による検査は、成犬でも行うことができます。軽度なシャントの場合、特にめだった症状がないまま成長する場合もあるため、子犬の時に検査を受けていない場合、成犬でも検査をする意義があります。
 
シャント検査の方法などについて詳しく知りたい方は、当HPまでお問い合せください。


【参考ウェブサイト】
・Irish Wolfhound Foundation: Liver Shunt (PSS) in the Irish Wolfhound (http://www.iwfoundation.org/articles_detail.html?item_id=26&year=2005
・Cornovi Irish Wolfhound: Portosystemic Shunt (PSS) in the Irish Wolfhound(http://www.cornovi-iw.co.uk/livershunt_page.htm